小説☆カレル編短編集---それぞれの休日〜カレル

  「もう、わざわざ帰ってこなくても良かったんだよ?あんたも忙しいだろうに。」

義父が骨折したというのは、母から不定期に送られてくる手紙で知ったのだ。母はこんなことがあったと、近況報告のつもりで書いたのだが、それでカレルがわざわざ帰ってきてしまったために、申し訳なく思ったようだ。しきりに謝っている。カレルは、気にするなというつもりで、

  「団長からたまにはゆっくり休めと言われてたから、丁度良かったんだ。な〜んと休みを二日も追加してくれたんだぜ〜♪」

と、得意げに指を二本出してみせた。だが母は、

  「…そんなに忙しいのかい。」

と、ますます心配そうな顔をした。

  「いや、だから」

そうではないと、口を開きかけたが、

  「『たまには』って事は、普段ゆっくり休む間もないってことだろ?無理するんじゃないよ。」

と言われて、言うべき言葉を失った。母には学はない。計算は勿論、読み書きも怪しい。カレルに送ってくる手紙も実に間違いだらけだ。だが、そんなことは頭の良し悪しとは関係ないと、こういうときにつくづく思う。

  「折角帰って来たんだから、しっかり休んでいきな。」

  「…そーする。」

いつだって真実を見通す母の愛情深い眼差しに、アーリグリフきっての軍師であるカレル・シューインは大人しく白旗を揚げた。実は、先の戦争で多くの兵士を失い、その建て直しをする間もなく、『卑汚の風』とやらで見慣れぬ生物が現れ、殆ど寝る間もなくその対応に追われていたのだ。

  「でもまぁ、そんな心配しなくても、遊ぶ時はちゃんと遊んでっから。この休みを貰ったのだって、将棋に勝ったご褒美だ。」

  「なら、よし!遊ぶ時は遊ぶ!やるときゃやる!それがイイ男ってもんさ。」

母は満足げに頷き、子どもに言い聞かせるようにそう言った。カレルはもう28歳なのだが、いくつになろうが、母は母なのだ。

そこへ、妹のクララが、2歳になる娘ベティを抱いた旦那と、荷物を担いだ弟二人を引き連れて、買い物から帰って来た。

  「あ!兄さんお帰り!」

  「久しぶりだな!…おお!愛しのベティ〜、俺を覚えてっかな〜?」

カレルは蕩けるような笑顔で妹の旦那から姪っ子のベティを受け取った。ベティはカレルに抱かれながら、不思議そうな顔でカレルを見つめたが、泣きはしなかった。弟達は嬉しそうにカレルの周りに集まり、クララは、

  「今日の夕食は兄さんの大好物なのばっかりだからね。期待しててよ♪」

と張り切って台所に向かった。クララは既に結婚して家を出ている。家を出たといっても妹夫婦が暮らしているのは実家の目と鼻の先。お互いにお互いの家に入り浸り、二軒の家に一緒に住んでいるようなものだった。旦那は子煩悩で、優しい男だった。

妹は子供の頃「大きくなったら兄さんのお嫁さんになる。」と周囲に宣言するほど、カレルべったりだったのだが、兄妹での結婚が無理だとわかる年頃になると、

  『兄さんが選んだ人と結婚する。』

と言うようになり、ことあるごとにカレルに男友達を紹介してきた。そしてカレルが「まぁ、あの男ならいい。」と言った男と本当に結婚してしまったのだ。クララはこの時まだ18歳。カレルとしては、まずは友達からだろうと思っていたのが、いきなり結婚を決めたと聞いてひっくり返った。しかし、妹はけろりとしたものだった。

  「だって、あの人ならいいんでしょう?」

  「そりゃ、確かに…けど、まさかこんなに早く結婚を決めちまうとは…!自分の人生なんだから、自分でもちゃんと考えろ!」

  「考えたよ。あの人の子供なら産んでもいいかなーって。」

そしてカレルは20代にして、娘を男に取られる父親の気持ちを味わう事となった。妹のお腹には二人目の子供がいて、この間会ったときよりも随分お腹が大きくなってきている。

弟達は17と15。最初は二人とも兄に憧れて軍に入りたがったのだが、カレルはそれに待ったをかけ、結局はそれぞれに自分の本当に進みたい道を見つけさせた。血の繋がらない弟サンドは、孤児院で子どもの面倒をみたりして働きながら、将来は教師になるべく勉強している。

  「俺は母さんに拾われてからは幸せだった。今考えるとホント、俺ってラッキーだったんだ。けど、そんなラッキーなんて、そうそうあるもんじゃねぇもんな。」

サンドはいつだったかカレルにそう話した。そして、自分のかつての境遇と似てる子どもを見つけると、ちょくちょくそこを訪れては世話を焼いたり、場合によっては孤児院に引き取ってきたりしているらしい。末の弟ルディは苦労知らずの甘えん坊で、大の勉強嫌い。だが、両親や兄姉達の苦労を直に見てきているので、自分も何かしなくてはならないという自覚はあり、あれこれ考えた末、父親の手伝いをしながら少しずつ仕事を覚えている。

カレルはそんな弟妹達を手放しで可愛がり、弟妹達も心から兄を慕っている。そして、その子供達を大きな愛情で暖かく包む父と母。しっかりその輪の中に溶け込んでしまっている妹の旦那とその娘。血が繋がっているのかいないのかよくわからない、なんとも不思議なこの家族には血の繋がりより濃い繋がりがあった。



カレルはベティをひざに乗せ、みんなの顔を見渡した。

  「まあ、おやっさんの怪我も大した事なくて良かったし、久々にみんなの顔を見れて安心した。元気そうで何よりだ。」

左手を包帯でつった義父が、カレルにニッと笑い返した。と、カレルは一つ聞きたいことがあったのを思い出した。

  「そういや、かーさん、おやっさんが骨折して『みんな大爆笑した』っての、どういう意味だったんだ?」

母の手紙の、その問題の部分はこうだ。

  『こないだ。とーさんがこせっ⊃したよ、はしごからおりようてててばけ⊃がすべたんて!ゐーでーいがゐてなけら。とてもしんじられないゐ、ゐんなだいばくしゆおうしたよ、』

これを解読すると、

  『この間、父さんが骨折したよ。ハシゴから降りようとしててバケツが滑ったんだって!ルディが見てなけりゃ、とても信じられないね。みんな大爆笑したよ。』

となる。恐らくハシゴから降りようとしたのは父だろうが、何故バケツ??何か信じられないことらしいのだが、この手紙ではよくわからなかった。大爆笑したということは、少なくとも深刻ではないということはわかったが。すると母がげらげら笑いだし、カレルの肩をバシバシ叩きながら教えてくれた。

  「それがね、あんた!信じられない話なんだよ!」

父がハシゴから降りようとしてバランスを崩し、よろめいて足を着いところにバケツがあり、足を突っ込んだバケツが滑って、倒れた拍子に地面についた手を骨折したということだった。それを目撃していたルーディは、父を助けるのも忘れて、思わず感心したという。

  「そりゃまた、奇跡的な骨折の仕方だな。」

父は恥ずかしいのか、しきりに照れ笑いをしている。

  「ホント!この人、何かそういう珍事件が多いんだよねぇ!そうそう、この間もさ、樽の中を洗おうとして、そのまま頭からすっぽりはまっちゃってねぇ!どっからか私を呼ぶ声がして、どこだろーって探してたら、樽から足がにょっきり出ててねぇ…!」

  「かーさん、もういいだろ?その話は…。」

父が真っ赤になって母のおしゃべりを止めた。

  「いーじゃないの、どうせ、もうみーんな知ってんだからさ!」

  「かーさんがあちこちでしゃべりまくるからだろう?」

この家族はいつだって話は尽きない。笑いが絶えない。久しぶりに帰って来た我が家。自分を温かく迎えてくれる家族。カレルはしみじみと幸せを噛み締めた。



  「もうすぐ御飯できるから。その前にお風呂入ってきたら?」

妹がまるで母親のようにみんなに声を掛けた。実質、この家の家事を取り仕切っているのは妹だ。母はそれを手伝う程度。実は家事全般苦手なのだ。

  「じゃ、ごちそーができるまで、男同士、風呂に入るか!」

カレルは眠ってしまったベティを旦那にそっと返し、この近くにある温泉に弟達を誘った。

  「しかし、ルディ。急に背が伸びたな。この勢いだと俺が一番背が低くなりそうだな。サンドにはもう完全に抜かれたし、なあ?」

カレルは、末っ子のルディの肩にガシッと左腕を回し、右手でサンドの頭を撫でた。

  「へへっ!」

弟達は照れくさそうに笑った。と、カレルはルディの頭をグイと引き寄せた。

  「あっちもでかくなってんだろ?」

小声でそう聞いてやると、ルディはモジモジと赤くなった。サンドはニヤニヤしている。

  「そ、そんなことねぇよ…。」

  「…なんだ、小さいままか?」

  「ち、ちげーって!」

兄弟は笑いながら、そのままもつれあう様に風呂へ行こうとしたところを、さっきから遠慮がちに声を掛け続けていた父が、大きな声で呼び止めた。

  「なぁって!」

父の大声に、家族中が何事か振り返った。父は自分の大声に自分でびっくりした顔をしていたが、遠慮がちに口を開いた。

  「……俺は仲間に入れてくれねぇのかい?」

そこへ、母が父の肩をバシッと叩きながら突っ込んだ。

  「馬鹿いってんじゃないよ!骨折したってのに風呂に入ったらあんた!」

  「まぁまぁ、体拭くくらいならいいだろ?俺が面倒みてやっからさ。」

カレルが父を庇うと、父は嬉しそうな顔をし、

  「面倒みてくれるって…さ。かーさん?」

と、おずおずと母の顔色を伺った。母は呆れた。

  「父さんをあんまり甘やかすんじゃないよ!」

  「たまの親孝行ってやつだ。」

カレルはそういって、るんるん気分の父を連れて一緒に風呂に出かけた。母はそれを呆れた表情で見送った。

  「『親孝行』ね。全く、どっちが親だかわかりゃしないよ。」

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■あとがき■
アラアル短編集「将棋」の続編です。
アルベル編/→カレル編
サンド以外、母親は同じ。父違いの兄弟。学者との間に生まれたのがカレル。その後、離婚して身を寄せた先の男との間にできたのが妹クララ。放浪中に母が見かねて無理やり引き取ったのが弟サンド。今の父との間の子が弟ルディ。